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最高裁判所大法廷 昭和41年(オ)1356号 判決

上告人

東亜合成化学工業株式会社

代理人

松本茂三郎

被上告人

合資会社 信貴造船工場

被上告人

株式会社 信貴造船所

代理人

高野作次郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松本茂三郎の上告理由第一点ないし第三点および第五点について。

原判決挙示の証拠関係に照らせば、所論の点に関する原審の認定判断は肯認することができる。所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、原判決には所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第四点について。

借地権の存続期間に関しては、借地法二条一項本文が、石造、土造、煉瓦造またはこれに類する堅固の建物の所有を目的とするものについては六〇年、その他の建物の所有を目的とするものについては三〇年とする旨規定し、また、同条二項が、契約をもつて堅固の建物について三〇年以上、その他の建物について二〇年以上の存続期間を定めたときは、前項の規定にかかわらず、借地権はその期間の満了によつて消滅する旨規定している。思うに、その趣旨は、借地権者を保護するため、法は、借地権の存続期間を堅固の建物については六〇年、その他の建物については三〇年と法定するとともに、当事者が、前者について三〇年以上、後者について二〇年以上の存続期間を定めた場合に限り、前記法定の期間にかかわらず、右約定の期間をもつて有効なものと認めたものと解するのが、借地権者を保護することを建前とした前記法条の趣旨に照らし、相当である。したがつて、当事者が、右二項所定の期間より短い存続期間を定めたときは、その存続期間の約定は、同法二条の規定に反する契約条件にして借地権者に不利なものに該当し、同法一一条により、これを定めなかつたものとみなされ、当該借地権の存続期間は、右二条一項本文所定の法定期間によつて律せられることになるといわなければならない。

これ本件についてみるに、原審の適法に認定したところによれば、所論転貸借は、契約において期間を三年と定めていたというのであるから、右に説示したところにより、右転貸借の存続期間は、契約の時から三〇年と解するほかなく、これと同趣旨の原審の判断は正当である。論旨は、右と異なる見地に立つて原判決を非難するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官田中二郎、同大隅健一郎の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

裁判官大隅健一郎の反対意見は、次のとおりである。

私は、次の理由により、上告理由第四点に関する多数意見には賛成することができない。

多数意見によれば、建物所有を目的とする土地の賃貸借において、当事者が借地法二条一項所定の期間よりも短い借地権の存続期間を定めたときは、その存続期間の約定は、同法二条の規定に反する契約条件にして借地権者に不利なものに該当し、同法一一条により、これを定めなかつたものとみなされ、当該借地権の存続期間は、同法二条一項本文により、堅固な建物については六〇年、その他の建物については三〇年となる、というのである。すなわち、多数意見は、当事者が借地法二条二項所定の期間よりも短い期間を定めた場合には、常に借地権の存続期間につきなんら定めのない場合と同様に取り扱うべきものとするのである。もつぱら借地法の法文に即して形式的に考えるならば、この解釈も理解できないではないが、しかし、同法の立法の趣旨および実際上の見地からみて、それが妥当であるかどうか、疑いなきをえない。

おもうに、借地法二条一項の規定だけからみれば、同法は、借地権者を保護するために、建物の構造という客観的事実のみに基づいて借地権の存続期間を定めているかのようであるが、その根本の趣旨においては、当事者の意思の尊重をたてまえとしているものといわなければならない。すなわち、同法二条一項が、当事者が借地権の存続期間を定めない場合に、これを堅固な建物の所有を目的とするものについて六〇年、その他の建物の所有を目的とするものについて三〇年と定めているのは、一般的にみてその程度の期間(それが必ずしも合理的な根拠に基づくものではなく、いわば目分量によるものであるにしても)。が契約当事者の通常の意思に合致するものと認めたからにほかならない。さればこそ、右の期間に満たない期間の定めであつても、それが相当長期の定めであつて借地権者にとつて酷といえないものであれば、当事者の意思を尊重して、二条二項でその効力を認め、さらに、はじめから当事者の意思が一時使用のために借地権を設定するにあることが明らかな場合には、九条でその特例を認めているのである。

してみれば、借地法のたてまえからみても、建物所有を目的とする土地の賃貸借契約であるからといつて、他の一般の法律行為ととくに異なる解釈をなすべき理由はなく、むしろ、当事者の企図する趣旨にかんがみて契約の内容を定めるのが正当であるといわなければならない。そして、当事者が借地権の存続期間につき借地法二条二項所定の期間よりも短い期間を定めている場合には、当事者は短期の約束をする趣旨であることが明らかであつて、もし借地法の規定を意識していたならば、同法二条二項によつて許される最短期間の約定をしたものと解するのが、契約の趣旨からみて、通常、当事者の意思にそうゆえんであると認められる。したがつて、右のような定めは、期間の点においては同法一一条により無効であるにしても、その全体が無効となるわけではなく、特段の事情がないかぎり、約定の期間が同法二条二項の定める最短期間まで延長されて、その範囲で効力を有するものと解するのが相当である。多数意見によれば、このような解釈は借地権者の保護を目的とする借地法のたてまえに反するというのであろうが、借地権者は、同法二条二項所定の期間よりも短い期間についてでも賃借する利益を有すればこそ、当該契約を締結したものと認められるのであるから、それが同条項の許容する最短期間まで延長されるならば、格別借地権者の保護に欠けるとか、借地法の趣旨に反するというには当たらないであろう。かえつて、多数意見によれば、たとえば、非堅固な建物の所有を目的とする賃貸借において、当事者が借地権の存続期間を一五年、一八年等と定めた場合においても、その期間が、二〇年に満たないという理由で、常に三〇年に延長されるという不合理な結果となるのを免れないのである。それゆえ、上述の卑見のように解するのが、借地権者の保護をたてまえとする借地法の趣旨にそいながら、当事者の利益の適正な調和をはかることを得て、実際上妥当な結果をもたらすものといわざるをえない。

以上の理由により、本件賃貸借契約における借地権の存続期間は契約の時から二〇年と解すべきであつて、これを三〇年と解した原判決には、借地法二条の規定の解釈適用を誤つた違法があり、破棄を免れないものと考える。

裁判官田中二郎は、裁判官大隅健一郎の右反対意見に同調する。(石田和外 入江俊郎 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷)

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